M&A月報 No.179号 国王陛下お誕生日とミャンマー訪問記

国王の85歳の誕生日が盛大に祝われた。
国王は病院よりグランドパレスに向かわれ、そこで人々の祝福を受けられたが、
歴史的な人数となった。

全ての人々が黄色の衣類を着用し、国旗と王室の旗を振り、
熱狂的な歓呼で国王をお迎えした。


広場、メイン道路は人々で埋め尽くされ、その数は20万人と発表された。

皇太子殿下、続いてインラック首相が今日のタイの繁栄は、
過去に於ける国王の偉大な貢献の賜物と謝意を表し、長寿を祈念した。

国王よりは
「私は絶えず皆さんが同情の気持ちを持ち続け、他人を思いやる気持ちを
持っていれば、国民が一心同体となり得るものと確信している。
もし国民がこの感情を持ち続ければ、この国は安泰であり、
またいかなる難題がふり懸かっても乗り切る事が出来よう」
と国民に協調を呼びかけれました。

自己の主張のみを繰り返す目下の赤 VS 黄に分裂している現状を、
憂慮されてのご発言ではないかと感じた。

国王がスーパーで愛犬を連れ、お買い物をされている大変珍しい写真が公開された。
お元気なご様子を何よりも嬉しく感じるが、このスーパーはロイヤル・プロジェクトで
生産された、無農薬の野菜ほか、健康に良い、タイ物産が販売されているとの事である。
ぜひ一度訪問したく思っている。

民主的な政権となり、またオバマ大統領の訪問も実現し、多くの日系企業も
注目し出したミャンマーを20年ぶりに訪問した。

バンコクとヤンゴンは飛行機で約1時間、東京―大阪の感覚であるが、
時差が30分とこれは大変に厄介であった。

空港に降り立ち、まず驚かされたのは車の多さと、渋滞の凄ざましさである。
新車は原則不可のようで、多くの車が右ハンドルの日本車であった。
その理由は、耐久性の良さと、補修部品が容易に手に入る為と説明を受けた。
しかし、道路は右側通行であり、渋滞の中での運転は非常にしにくそうであった。
旧英領であり、なぜ右側かと聞くと、軍事政権となり、変化の象徴として、
右側に切り替えたとの事であった。

バンコクでもお目に掛かれない様な超高級車が走っているが、
その価格は数千万円で、誰が買っているのかと疑問を感じる。
2~3%の富裕層とその他との大きなギャップを今後どう改善していくのかが
重要課題とも感じた。

バンコクと何か違うと感じたら、それはバイク/自転車が市内を走っていない事であった。
禁止されていると聞き、さらに驚いたが、市民の足はバスしか無いのが現状である。

ホテルも少なく、予約が困難で、価格もバンコクの2~3倍程度であったが、
これも政府が介入し、価格高騰を抑制しているようであった。
駐在員の住居も非常に限られた物件しか無く、とりあいで、賃貸料も
バンコクの3倍程度と思われた。
郊外の小奇麗な一軒家が、1~5億円と聞き、耳を疑ったが、それも完売のようであった。

通貨はチャットで1万円=10万チャットであったが、ホテルでの表示は全てUSD、
チャットで払うと言うと計算機を持ってくるのには驚愕した。
残念ながら円は殆ど評価されず、またカードは全く使えなかった。

弁護士事務所を訪問したが、過去20年間は開店休業状況となっていたようで、
理由は、和解となると、大物が登場し、この御仁の意向が法律となった為と説明を受けた。

経理事務所では、ほとんどの企業が二重帳簿で丼勘定、適当な納税で終わっていたという
驚くべき状況であった。

軍事政権と中国の蜜月は凄ざましいものがあり、ダム、発電所、道路等々、
中国の支配下になっていた。

民主化が叫ばれ、一番顕著になったのは、マスコミが自由に報道が出来る様になった事で、
数多くの増収贈賄やスキャンダルが表面化して来た。

ここで一番叫ばれている事は、脱中国である。
対日感情は非常に良く、国土はタイより広く、豊かな国土、人口もタイとほぼ同じで、
10~20年後には、現在のバンコクの様になるのではないかと、
そのポテンシャルを強く感じた。

目下外資に対する法律は出来たが、その細則が無く、身動きが取れない状況だが、
2月2日には、その細則が公表されるとの事で、
これが出ると一挙に動きが活発化するものと思う。

弁護士事務所は超多忙になると思うと同時に、認定された経理マンは1,300人程度
しかおらず、この陣容でどう経理業務を遂行していくのかを考えると空恐ろしい気もする。
多くの経理マンをシンガポールより呼び戻すとの事であるが、
かなりの経費増となる事は避けられないと思う。

電力も圧倒的に不足、外資の進出ラッシュが起こると同時に数多くの難題も出てきそうで、
これら点がどの様なスピードで改善されていくの注目したいが、
数少ない地上に残された楽園である事は間違いないと思う。

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