M&A月報 No.190「国家分断、政治対立ふたたび」

就任以来、兄タクシン氏の帰国問題については、口を硬く閉ざして来た
インラック首相であるが、遂に兄の軍門に下ったのか、健康不安が
流布されているのが事実で、兄の健康に配慮したのか、
恩赦法案を下院に上程、それが賛成多数で成立してしまった。


野党は当然猛反発しているが、与党に組していた赤組よりも、
これではアピシット前首相の罪も問えなくなるとして、反発が起こり、
大学教授等知識人よりも違法性の指摘が行われ、世の中が騒然として来た。
1万~2万人規模のデモが連日行われ、お陰でいつどの道が封鎖されるかも
不明となり、人々は車での外出を控え出した為、有名な交通渋滞が
緩和される珍現象も出て来た。

タクシン氏も海外より、これは自分だけのためのものでは無い。
国民全員和解の為である等々所信を発信したが、効果は無く、
更なる混乱に突入する懸念が出て来た。

予想を超える盛り上がりに恐れを成したか、遂に、インラック首相は、
臨時に記者会見を開き、本法案の取り下げを表明した。
これに影響されてか、通過が予想されていた上院で否決され、
再度下院に回される事になった。
ここに来て、ほとんど国会には出席せぬインラック首相が、
これは国会が勝手にやった事と逃げのスピーチを行ったため、
更に世の中は騒然となり、今度は首相の退陣を迫る動きとなって来た。

タクシン体制の根絶を目指すデモ隊は、一段と先鋭化し、遂には、
財務省、外務省、首相府等の敷地内に進入し、そこを占拠した。
現在このデモの先頭に立っているのが、野党民主党の元副首相の
ステープ氏であるが、この様な政府機関の各省庁への進入、
政府機能を麻痺させ、インラック政権を解散に持ち込む戦法や同氏の唱える、
人民議会の創設等には支持者の中にもかなりの戸惑い、反対意見が出てきている。

最大野党民主党にはかなりの追い風となっているのに、肝心の
民主党党首アピシット氏よりの明確なメッセージが出て来ない点に、
消化不良を感じている。

インラック首相は、国民と国家の安全に影響を与えると非難する一方、
政府は国民に暴力は振るわない事を強調した。
タクシン氏もこの妹を見限った様な動きもあり、首相としては、
解散総選挙に打って出る事もあり得るが、今回はこの手は無さそうである。
居座るのか、内閣総辞職するか等今後の動静に注目が集まる。

今回の騒動で感じる事は、いかに多くの国民がタクシン氏の帰国を望んで
いないかが良く分かったし、彼の影響力も低下し、妹も彼の願望より
自己の保身を優先したと思われる。
少々焦りが感じられるタクシン氏、次にどの様な手を打ってくるかに注目が集まる。

インラック政権は、9月下旬に、上院の定数150が、現在その半数が民選、
残り半分は任命制となっているが、数に自信のある現政権は、
これは民主的では無いとして、定数を200にし、全員を選挙で選ぶ制度改革を
提案し、国会で可決していた。
野党は、これを違憲として憲法裁判所に提訴していた。今般、憲法裁判所は、違憲性があるとの判決を下した。
理由としては、
(1)下院と上院の間での相互チェック機能が働かなくなる。
(2)与党の一部議員が欠席議員に代わり票を投じていた。
である。

この判決に勢いを得た野党は、タクシン氏の傀儡政権打倒を旗印に、
一挙に攻勢を掛けるべく、更なる市民運動の拡大を画策し出した。
恩赦法案は撤回させられるし、上院の改革は違憲とされるし、
インラック首相は良いところ無く、守勢一方となって来た。
女性の涙でまた巻き返すのか、注目が集まる所である。

カンボジアとの国境にある寺院の所属を巡り紛糾し、国際司法裁判所で
争われていたが、寺院並びにその周辺一帯の一部土地はカンボジア領で
あるとの判断が示されたが、カンボジアの主張するその周辺4.6平方Kmに
付いては認める判決とはならなかった。

かなりカンボジア側よりの判決となったが、100%では無かった点より、
タイ側もこの判決を受け入れるとのコメントを発表し、何れにせよ、
目下の友好関係を保ち続ける事を強調し、両軍の大将が握手する写真が
公表された。
大切な隣国との関係、これ以上騒動を起こさないで欲しいと念じている。

日本の新聞を見ていると、“タイ経済回復鈍く”“政治対立再燃が影”等の
見出しを見る事が出来る。
基本的に、タイは大変になりだしたという事言いたいのであろうと思うが、
相続税・贈与税が無い、この国の富裕層の気持ちが、未だに日本のマスコミは
良く理解しないで、記事を書いている様な気がする。

即ち、今までに幾度も触れて来たが、この国の富裕層・知識層は、
基本的に高度成長を望んで居ないのである。
一番嫌なのがバブルである。
これに走り出すと、違和感のある新興勢力・成金が登場する。
これは避けたい事なのである。即ち、悠々と流れるメコン川の様に、ゆっくりと静かに少しずつ成長するのが、
彼らには望ましいのである。
今回の様にデモを行い、エネルギーのガス抜きを行い、バブルを冷やし、
低成長に移行する事は歓迎すべき事なのである。

GDPの評価が全てと思う様な国とは、大きな違いがある事を認識して欲しいと思っている。
それにしても、相続税が無い事がいかに大きな影響を与えるかを、
日本政府関係者や有能な官僚諸氏には研究して欲しいと念じている。

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