M&A月報 No.168号 「過去最悪の大洪水」

遅々として進まない地球温暖化への世界の対応に地球が警鐘を鳴らしているのか、

今年は世界が多くの甚大な災害に見舞われている年である。

タイはそろそろ乾季の季節なのだが、連日、雨が止まず、洪水被害にさらに

拍車をかける降雨に異常気象を感じずにはいられない。

7月より続いた豪雨、また今年は例年の雨量と比べ、上半期だけで1.5倍近くの

降水量であったことが起因し、北部の川が次々と氾濫。

洪水による被災県はタイ全土で24県、約250万人が影響受け、

死者384名(10月31日現在)を出す深刻な状況に陥った。

さらに降雨は続き、ついに北部のダムが満水、放流を開始した。

すでに甚大な被害を受けているアユタヤ県、パトゥムターニ県を経由し、

首都バンコクに大量の水が到達する時期がタイ湾の大潮と重なることから、

バンコクにも強い警戒が出された。

都市化とともに排水設備が一応は整っているようで、首都が冠水する洪水は

95年以来発生していない。

警戒や様々な加熱する情報・報道が飛び交う中、市中のスーパーから日用品、

即席麺や米などの食料品、飲料水が瞬く間に姿を消し、それは他県まで及んだ。

インフラ遮断や感染病、伝染病蔓延への不安もあり、多くの邦人が一時帰国を

余儀なくされた。

首都防衛を最優先とするインラック首相は最前線の旧国際空港に政府対策本部を設置。

バンコク防衛ラインを設定すると共に、バンコクを網の目のように流れる運河を利用し、

北部から流れる水をバンコク東西経由でタイ湾に流す防衛策を立てた。

古都だけでなく首都冠水ともなれば、発足したばかりの政権崩壊も必至であり、

政治経験のない首相に課せられた国家危機・難局に対する手腕が

いきなり問われた形となった。

首相は国家の威信にかけて軍等総動員、首都死守に努めたが、水は北より

5km/日の速度で徐々に首都に迫り、旧国際空港含む北部は冠水した。

約1,000隻の船をチャオプラヤ川に集結させ、一斉にスクリューを回し川の流れを

人工的に速めて一気に滞留している水を海へ排出させる作戦や、約4kmに渡り

土嚢を積み上げ堤防を築く最後の砦作戦などの苦肉の最終手段の効果性には

疑問符が付くと共に、首都防衛策がこんなものか、との失望の声も聞こえた。

また、首都を守るが故に周辺部が水没するのは道理であるのだが、その首都さえも

守りきれないのだから、そもそも無策と批判されても至極当然であろう。

政府による避難警告の誤報も度々発生した。

また政府とバンコク都、水門を管理する灌漑局、各々間の見解や対応の相違による

対立も生じ、その度に都民がパニック、混乱が生じた。

政府に反目する軍の対応等を見ても、危機の最中の管轄機関同士の連携の

不十分さや国家の危機管理能力の欠如が露呈された格好となり、

国民は極度の政治不信に陥っている。

対策本部の情報を信用しない声は8割に達し、また、対策本部による情報提供や

警報システムの対応実績は10点満点の評価でいずれも約3点弱という、

機能不全センターとの低い評価を受けた。

現政権寄りの赤組派国民も “政府が水が来ると言ったところには来る。

来ないと言ったところにも来る”と露骨に政府の洪水対策の無能ぶりを批判した。

アユタヤ県やパトッムターニー県には80~90年代より操業している歴史ある多くの

日系企業が位置している。同県内における日系企業による投資は全体の約8割に達する。

両県主要7工業団地では、首相はじめ、政権首脳部が“必ず死守”すると言いながらも

次々と堤防や築いた防水壁が決壊し浸水。軍の救援部隊主導のもと、

従業員等は速やかに避難したが、団地全体が冠水。

高さは2~5mに達し、辛うじて建屋2F部分が見える状態となった。

工場の大半は、事前の対策が間に合わず、機械設備、製品、原材料等も水没、

操業停止に追い込まれた。

寸断されたサプライチェーンの規模及び投資・生産活動に与える影響は甚大で計り知れず、

タイ国内だけでなく、周辺国における生産にも深刻な影響を及ぼしている。

多くの日系企業でダイバーを雇い、生産の要となる金型を水没した工場から引き上げ、

他工場へ移管、生産を継続する計画が立てられたが、実行に移せている企業は

被災企業全体の1~2%程度。

ダイバーチームは約4チーム。

彼らはまず対象工場付近の水質を近隣大学で検査、確認後、工場配置図を頭に

叩きこんだ上で濁る水中へ潜り、10cm先も見えない中を手探りで金型を探し出し、

回収するという困難な任務に就いている。

中には世界マーケットシェア7割を占める製品の部品の金型回収作戦もあり、

過酷な環境の中、極度のプレッシャーと責任の狭間で戦っているとのことである。

被災企業は計700社に上り、このうち日系企業は450社近く。

被害総額は約2,000億バーツに達するとの試算もある。

タイ国全土で見ると、被害を受けた企業は計15県で約1万社超。

被害総額は約5,000億バーツ。

影響を受けている従業員数は約66万に達し、20万人以上の労働者が解雇される可能性がある。

また、中銀は、今回の洪水問題によりGDP成長率が1.5%、

金額にして約2,000億バーツ分押し下げるとの見通しを明らかにしている。

今後の復旧にはかなりの時間がかかるが、その間の従業員への賃金保障等処遇の

検討が急務となっている。

不可抗力な自然災害のため、賃金等保障に関する労働者保護法上の明確な公式見解が

必要となるが、目下、本件に付き労働省は通達を出しておらず、従業員よりの企業への

照会が殺到する中、企業に判断を委ねざるを得ない状況となっている。

労働省は、各社よりの照会レターの発行を要請している。

復旧作業と平行しての当面の急務課題は、

1) 一時休業に関する資金支援

2) 労働者保護法の不可抗力の明確化

3) 最低賃金300バーツの導入時期再検討

4) 冠水した工場からの設備移動の支援

5) 各種規制の柔軟な運用

6) 雇用確保及び職業訓練プログラムの提供等支援

等であり、早急な復興、再操業に向けた、企業及び従業員の双方に対する

全面支援体制の構築が欠かせず、タイ信頼及び投資回復に向けた現政権の手腕が

まさしく問われることとなる。

国家危機であり、甚大な被害をもたらしている洪水問題、再発は許されない。

タクシン政権下では、干ばつと洪水対策として、国内25の河川流域開発を柱とする

総額2,000億バーツの水管理計画を策定したがクーデターで同政権が崩壊。

同計画も白紙化、巨額予算は大幅に削減、水管理や治水政策は置き去りにされる一方、

政争のみ頻発。人災、政災と言われても仕方がない所以や経緯がある。

プミポン国王は以前より洪水問題、対策に付いては良く言及されており、

今般も首相を呼び付け、この辺りの議論、指示をされたばかりであった。

様々な原因や理由が報道されているが、タイは国土が北から南にかけて高低差が

ほとんどないため、水がはけにくい地形であることは良く知られている。

そこにダムの放水量、時期の判断を誤った等のミスが指摘されているが、

試算では、約2ヶ月前にダムの水位を減らし始めていれば今回の氾濫は防げたとのこと。

しかしながら、タイのダムは主に灌漑用と発電用であり、治水専用ではないため、

雨量や農業用水確保量、放流量の各々を考慮しての水位調節は難しいとの声もある。

老朽化した灌漑設備、排水システムの要因も取り沙汰されており、水の都と呼ばれる

バンコクをはじめとする水のコントロールシステム、ネットワークの復旧整備が

叫ばれている。

上述したが、今回の洪水問題で、国家の危機管理能力の欠如が露呈された。

適切な情報開示・提供、各機関との連携の不十分さ等に付き、大きな非難を

浴びる度ごとに首相は涙目で語ってきた。

“洪水問題は国家的危機である。自分一人では対応できないがあらゆる立場や

分野の力を結集すればこの難局に立ち向かっていける”

“政治的立場を離れ、国民のために死力を尽くしている”

バンコク包囲網が崩れ始めると、

“水が各方面から流れ込むため、バンコク全域を守るのは不可能である。

(中心部を守るため?)水の浸入先を選定する。

自然災害を前にあらゆる人の協力を望んでいる“

“対策本部は長期間、全力で対応しておりすでに疲れきっている。

中には被災者もいる。どうか国民の皆さんも思いやって欲しい”

一国の首相のコメントであった。

国際社会にどう受け止められているのかは想像に難くない。

軍が病院や発電所、王宮などの重要施設の浸水阻止に努める中、国王は、

“王宮の周囲に特別に防波堤を作らなくてもいい。自然に任せていいのだ。

国民を公平に守って欲しい”

“もしバンコクが洪水を回避できないのであるならばチットラダ宮殿の敷地に

水を流すようにしなさい。ここは水を防ぐ必要はないのですから”

と述べられ、国民は大いに勇気付けられ、そして一致団結した。

困難であるにも関わらず笑顔を絶やさず、

「タイ国民はタイ国家そして国民を見捨てない」と多くのボランティアも活動を展開、

お互いが思いやり、助け合った。

そこには、カラー間の対立など無い、国民が一致団結、協力し合う一つの

国家の姿が垣間見れた気がしている。

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