M&A月報 No.155号 「騒乱再び」

昨年に続き、今年の旧正月前も赤組(反独裁民主同盟/UDD)
VS軍の大規模衝突という残念な事件が起きてしまった。
 
3月末にアピシット首相と赤組代表との会談が持たれ、一時は大変結構な進展と
感じたが、会談は2回で終了。
早々の交渉決裂からほどなくして
「交渉は完全に失敗。もう話し合いは行わない。すべては終わった」
という赤組幹部の声明通り、早速赤組は4月3日、デモの本拠地としていた
王宮付近からバンコク随一の繁華街に移動し、最後の聖戦と称して同地区を占拠、
周辺の大型ショッピングセンターやホテル、企業等を閉鎖に追い込んだ。
 
首相は即座に赤組に対し退去を要求し、3月11日に発令した治安維持法に
基づき同地区への立入りを規制したが赤組は立ち退きを拒否。
観光の中心街を機能不全に陥らせたことで影響は多方面に及び、被る損害額
だけでも数百億バーツに達している。
 
7日には、軍(治安部隊)が占拠付近一帯を封鎖したが、一方で、国会周辺で
デモを行っていた一部赤組が国会敷地内に乱入するなど日に日に行動がエスカレート、
ついに政府は同日夜、非常事態宣言を発令した。
 
政府には、日に日に悪くなる治安に対するイメージ悪化、経済への悪影響を止め、
政府対応への批判の高まりを避ける思惑があったのであろう。
 
首相は「法律無視がひどく、傍若無人な振る舞いが国民や経済に多大な迷惑を掛け、
外国の信用を損なった」と批判するが、即座に赤組デモの強制排除に乗り出すつもり
はなく、あくまでも平和的な方法によって抗議集会の解散を求めていくことを強調。
 
しかしながら、赤組が同国唯一の通信衛星会社へ集結した際には、
「軍による盾、放水、音響、催涙弾、警棒、ゴム弾使用による徹底的な排除を行う」と警告。
 
結果、一時は衝突が起きたが、情勢沈静化を理由に軍は一時的に撤退、
政府は偏向報道をしないことを条件にTVの放送再開を許可するなど、
現場レベルでの失策が露呈してしまう。
 
すかさず首相は
 
「国民は失望しているだろうが私自身も失望している。
但しそれは自分の支持率への影響ではなく法による解決が出来なかったことに対してだ。
引き続き、怖気づくことなく、法を厳格に施行し速やかにこの問題を解決していく」
 
と国民に述べ、集った軍幹部には
 
「政治的にどちらを支持しろとは言わないが、法を守り従わせるのがあなたたちの
義務のはずだ」
 
と叱責。
 
一触即発の状態のまま、ついに赤組と軍が第一国軍本部前にて衝突。
軍による事実上の強制排除がここから始まった。
断続的に放水、ガス弾、ゴム弾が使用されるも、国際基準と人権、法の尊重に則り、
実弾の使用を不可としていたが、赤組が軍に対しガスボンベを爆発させたことによって
銃撃戦が勃発。
衝突は激化し、邦人記者含む計23名が死亡、負傷者800名以上という大惨事となった。
 
首相は
 
「違法な占拠・抗議活動により強制排除に追い込んだのはUDD自らである。
直接協議を決裂させ、活動を過激化させ、法を逸脱したのもUDD自身である。
武装化し軍人や一般人を殺傷する行為に対しては、平和的な活動を求め鎮静化
するよう軍に対し命じなければならなかった」
 
と声明を出したが、すかさず赤組も
 
「非常事態宣言をしても事態を鎮静化出来ないばかりでなく、国民を武器で弾圧した
独裁者で殺人者に成り下がったアピシットは首相としての資格はない。
また、ステープ副首相、プラウィット防衛大臣及びアヌポン陸軍司令官の3人こそ
テロリストである。軍の前方部隊がゴム弾を発砲し、後方部隊がM16を発砲したことは
明らかである」
 
と反撃し、激しい泥仕合いとなった。
 
11日付のタイ地元紙は、「我々のもっとも暗い時」という社説を掲載。
 
「多くの死傷者を出した大惨事となってしまった。
悲劇的なのは、予測できそして防ぐ機会があったのにも関わらずそれが出来なかったことだ。
政府とUDD双方に今回の事態を引き起こした責任がある」
 
と述べた。
 
軍の中でも多くの下級兵士と一部高官は、タクシン派に共鳴しているとの分析もある。
軍部筋は、タクシン氏失脚後に傍流となった軍内部の人間が赤組に武器を供給、
肩入れし、あわよくば復権をもくろんでいるとも指摘している。
国家分断危機の背景も相当根深いようである。
 
その後、赤組は、軍への対抗力及び政府への圧力をさらに高めるため、
本営を目下占拠中の繁華街の一箇所へ集中させ、さらに南下、公園を前線基地とし、
バンコク随一のビジネス街の基点の交差点にバリケードを張り、デモ活動を展開、
近日中のビジネス街占拠を宣言した。
 
当初、ソンクラーンを挟んで赤組は散会、最終的に平和的解決と見ていた首相の
目論見は外れ、失策を重ねた一連の政府対応は余計に赤組を勢いづかせて
しまったように思える。
 
一方、色が統一しない集団(マルチカラー組)の反赤運動も目立ってきた。
目下タイは、赤組、黄色組、ピンク組、マルチカラー組等による大運動会の様相を呈し、
微笑みの国には似つかわしくない国家分断危機を世界に露呈してしまっていることが
非常に残念である。
 
22日夜、緊張が続いていたビジネス街周辺にて、またもや騒乱が発生してしまった。
M79と呼ばれるグレネードランチャーが近隣公園方面から無差別に発射され、
BTS駅構内及び近隣のホテル・銀行前に着弾、爆発した。
これによりタイ人1名が死亡、80名以上が負傷するという10日の大規模衝突以来の
惨事となった。
 
翌日、赤組は今まで頑なに主張してきた下院解散時期に付き、「即時」から「30日以内」
と譲歩、政府側に歩み寄る姿勢を見せたが、首相は即座にそれを拒否。
「占拠地区はいずれ奪還する。また、UDD側の提案は国際社会を意識した
スタンドプレイであることは明らかである。過激な違法行為を背景にした脅迫じみた
要求は到底受け入れられない。解散は真の問題解決にはならない。
また解散は国家・国民の利益のために適切な時に行うものだ」
 
それを受けて、赤組も妥協案を撤回。強制排除が近いと警戒心を高め赤シャツを脱ぎ、
尚且つ高所からのスナイパーによる幹部狙撃を恐れ、黒色の巨大網を道路真上に
張り巡らす作戦に出た。
 
この時点で、赤組が繁華街を占拠してから1ヶ月以上が経過している。
占拠は違法である。
軍は一度、強制排除を試みたが、多数の死傷者を出したためか、以降の強制排除に
付いては沈黙を決め込み、目下、具体的な動きには出ていない。
 
背景には、占拠地区に居座る多くの女性や子供達と、赤組を支援する露天商などの
存在があろう。
過激行動の実務部隊は一部の赤組である。
 
もし今、強制排除に踏み切った場合、確かに赤組ではあるが日当を目当てに
参加しているような多数の穏健派の犠牲者が出ることが危惧されるため、
政府も躊躇しているように思われる。
 
国際基準に則り、まずは放水・威嚇射撃等でじわりじわりと追い詰めていく方法もあるが、
この繁華街及びビジネス街に至る幹線道路沿いには商業施設だけでなく、ホテル、
マンション、寺院、病院が立地しているため、一般人含めたそれらへの多大な被害も
想定される。
 
目下、政府は、“包囲”“物流阻止”“幹部逮捕”という圧力と心理作戦を絡めた持久戦に
よる赤組疲弊の戦略を練っているかもしれない。
 
現在、占拠地区付近一帯は赤組の居住地のようになっており、道路上には露天、
就寝用テント、仮設トイレやシャワールーム、床屋、マッサージ店までもが設置され、
至る所に赤一色の洗濯物が干されるといった、一種の大規模キャンプの様相を呈している。
 
真夜中までどんちゃん騒ぎをし、ゴミは溢れ、道路は水浸し、異臭が立ち込めるといった、
やりたい放題の赤組ゾーンになってしまったため、付近住民の約7割がホテルなどへの
一時避難を余儀なくされ、一方、諸事情で避難できない住民は、赤組の検問をくぐり
抜けた上で、疲労困憊、外出・帰宅する日々が続いている。
 
しかしながら、隣接するゴルフ場では、このような状態であっても日中からゴルフを
プレイする客(富裕層)で賑わっており、フェンス1枚を隔て全く異色の空間が
存在するといったタイ独特の異様な光景を目にすることもできるのだ。
 
経済への影響はどうか?
タイ中銀の発表では、この政情不安によるGDPへの影響は伸び率が約1%のマイナスと
なるだけで、引き続き堅調な輸出と消費拡大は見込めるとしているためか、
経済界よりは赤組強制排除の大合唱は目下、聞こえてこない。
 
また、国内世論もどちらかと言えば保守的で、沈黙、様子見といった感が強く、
一時、一部の黄色組等が騒いでいたが、大合唱には至らず、衝突、国民分断深化を
恐れてか、ダンマリすることを決め込んでいる。
 
休業を余儀なくされている商業施設やホテルのオーナーにも赤組派、黄色組派等はおり、
それは従業員にも当てはまるであろう。
“占拠による損害やむをえなし”、とひそかに思う御仁もいるはずだ。
一方、“大損害どうしてくれる!”と息巻く黄色組派の心情は察するに余りある。
 
ところで司法による混乱収拾はどうか?
2008年、黄色組が空港を占拠した時は、憲法裁がそのタイミングで当時の
与党3党に解党命令を出し政権が崩壊、事態収拾に向かったが、今回は選管が
民主党の違法献金問題に付き、憲法裁に直接提訴、受理されるも判決までには
ある程度の期間を要するため、司法による即座の混乱収拾が見込めないという
大きな違いがある。
 
また国際社会の反応も異なる。
前回の空港占拠の時は、欧州各国が「タイから出国できない自国民のため軍隊
(空軍)を派遣する」と政府に強力な圧力をかけたが、今回は直接的な被害を
被ってないせいか「早期解決を望む」というスタンスで傍観に徹しているようである。
 
国家の長老でありご意見番でもあり、いまだに最も首相になって欲しい人物として
登場するアナン元首相が遂に口を開いた。
 
「現状は行き詰っており非常に危険である。
政府は早急に政治的混乱の収拾に向けた適切な対応をしなければならない。
そうしなければタイ社会は破綻するし、我々は社会的惨事に直面するかもしれない。
また、国民に対する民主主義の再教育も必要だろう。
2つの陣営(PADとUDD)の争いだが、一般の民衆は苦しみ、
日々の糧を得られない人々もいる。
憎しみや報復ではない話し合いを始めなければならない」
 
現状を非常に懸念、憂慮されたコメントであった。
 
現在の騒乱を“革命”、赤組の活動を“王室への反逆”といったコメントが出ている中、
プミポン国王陛下が26日、新判事に向けて訓示を述べられ、翌日のタイ各紙は
一面でその内容を掲載した。
 
「国家秩序が非常に重要である。
あなた方は、誠実と正義をもって職務を全うしなさい。
己の義務を果たさぬ国民に対し模範となりなさい。
国民がそれを模範とすることによって国家に平和と秩序がもたらされ、
国家の発展と国民の幸福に繋がるであろう」
 
現状の政治的混乱に対する直接的な言及はされなかった、という見解が多い中、
各紙、「己の義務を果たさぬ」という部分に注目し、それぞれの解釈と切り口で報じている。
 
国王裁定を求める声も多い中、プミポン国王陛下は現在の由々しき国家の事態に
憂慮されており、国民が心を一つにし、一致団結することの重要性を諭されておられるが、
直接的なご裁定、及び対応策を命じることはされておられない。
 
「これは
“国民が国家の危機を、自分達で考え、協力、一致団結して乗り越えていきなさい。
そしてより良い国家を自分達の手で築いていきなさい”
との国王陛下からのメッセージかもしれない」
と受け止めているタイ国民も大勢いる。
 
果たしてこの国家危機、難局をタイ国民が自力で乗り越えて行くことが出来るのであろうか?

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