タイに限ったことではなく、異国の地でその国の人達と一緒に働くということは

一筋縄ではいかないことが多いものである。

その国独特の文化や慣習宗教等があり、それらに裏付けられたかのような

仕事の概念・定義、仕事に対する考え方・姿勢が、ある意味、確立しており、

そして、それらに密接に関わってくる生き方というか人生観そのものが異なるのだから、

当然と言えば当然であろう。

タイでもそれが顕著に現れていると言っても過言ではないと思う。

ましてや経営者・管理者という立場でタイ人と関わる場合、そこには、

人間同士の関係だけでなく、タイ労働法や労働者保護法、その他関連法規と

いった法律の存在は当然のことながら無視できない。

よく、「特定のタイ人を大勢の人前で怒るのはよくない」とか「会社に対する

ロイヤリティ(忠誠心)が全くない」とか、「タイ人は、長い間、脈々と受け継がれてきた

独特のヒエラルキー社会に生きる心の民族である」と言われるが、

それらはどちらかと言えば、人間性や人間関係、心、気質等の問題であると

思うのだが、その延長線上に、確かに法律は存在し、そしてその窓口と

なるべく労働局や労働裁判所が法の名のもとにタイ人労働者を手厚く

保護しているのは事実かと思う。

きちんとした法的プロセスを経て従業員を解雇しても、当該従業員が「不当解雇だ!」と

労働局や労働裁判所に駆け込めば、彼らはその訴えを受理する

そして審議という名の示談・和解勧告をし、会社側が示談・和解金という名の

補償金(賠償金)を支払うことで一件落着というケースが非常に多いのだ。

あらゆる労働法、労働者保護法を駆使、解釈を利用して労働者を強力に保護する国

というのは言いすぎではないと思う。

また、給与や職位、各種手当などの条件は、一度与えたら、その後は、

労働者保護法上、どんな理由があるにせよ引き下げることはできない

対象従業員の承認無く引き下げることは論外だが、一方、もし承認を得た上で

引き下げたとしても、あとでその従業員がまたまた「不当扱いだ!」と

労働局や労働裁判所に駆け込めば、やっぱり彼らはその訴えを受理するのだ。

そして形式的に審議はして、最終的には「云々かんぬんの引き下げは不当!

直ちにもとに戻しなさい!」と命令するケースも、コレマタ多い。

まさしく、その名の通り”労働者保護法”である。

外資系企業にとっては、こと、ロウム問題に関して言うと、非常に不利な

環境・立場と言わざると得ない。

しかしながら、労働局や裁判所において、企業としての言い分や正当性を

しっかりと主張していくためには、たとえ対象が理不尽であっても、

ここは法令順守の正攻法で着実且つ確実に対処していかなければならない。

法というの名のもとにおいて、手厚く守られたタイ人労働者達と一緒に

仕事をしていくのは、苦悩と妥協と失敗と挫折と涙・・・の連続ではあるが、

忍耐強く、そして粘り強く向き合い付き合っていくことが求められている。

 タイの人々の民族性を読み解くもっとも端的なキーワードは「ストレス」だと思う。

これは、タイ社会がストレス社会であるなどということではなく、タイの人々は

ストレス回避志向”で考え、行動(仕事)しているということである

(当然、全員ではないが)。

頑張って困難を乗り切り、その達成感を共有しようというのは我々日本人の

一方的な価値観で、ほとんど共感を得られないどころか、普段は気さくな人でも

たちまち不機嫌になり、なんとかしてその苦境から逃れようとするのだ。

一見やっているように見えても、実はいたずらに時間をかけているだけで、

”結局終わらなかったけど頑張ったんだから、そこは評価してくれ”というのを

言外に示唆してくるのも、消極的ながらストレス回避行動の一例なのであろう。

ストレス回避志向を前提に、タイの人々の言動を観察すれば、そこに合理的な(?)

理由付けがなされ、それこそストレスを軽減することが可能だと思うのだが、

今後は、どうしたらタイの人達と上手くやっていけるのか、どうしたらもっと

働いてもらえるのか等々、その理論の構築と実践が、依然、急務となっている。