最近、引き続き、なんとなくあっけらかんとした憂鬱な日々を過ごしている。

このブログも「何を書こうかなぁ」なんてボンヤリと考えながら、貧乏ゆすりも以前にも増してひどくなってきていた。

今タイで旬で粋なことを書こうと思っても、まず新鮮な情報を取りに行く!という積極性が欠けていると言わざるを得ないのだ…。

タイ料理はあまり詳しくないので、五感をフル稼働させながら街を歩いて、タイ料理ではない異国の料理を味わってみるのも

なかなか乙なものだ…、と思うのだがどうしてだか足腰が重い。

タイライフ全般だけではない。コロナ禍の今だからこそ、タイの観光やロングステイ事情なんかも、

もっと興味をもって勉強・体験すれば、その奥深さと魅力に、きっと驚きと感動があるのかもしれないのに…。

旅もである。確かに昔はバックパックでタイ各地やアジア諸国を旅したのだが、今では週末や連休、長期休暇は

家でグータラである(そしてメタボになりつつある…)。たとえ今、旅をしたとしても小生流雑感

(行動力と観察力と旅への思いが旅紀行とはレベル違い)になってしまうことは間違いない。

「そんな時はとにかく外へ出てみよう!」と思い立ち、気分転換と称して近くの公園へ足を運んでみた。

季節外れの?雨上がりの空気はとても爽やかで、湿気もなく、心地よい風が吹く。

コロナ禍なんてなんのその、ジョギングをしたり、スポーツを楽しんだり、ローラースケートで周りの迷惑や危険を省みずに

“サァサッーダァダァー”と駆け抜けたり、昼寝したり、お菓子食べながら談笑したり、読書したり、

子供が遊ぶ姿を微笑ましく眺めたり、真剣な眼差しで見つめ合うカップルがいたり、そんな人達で賑わっている。

しかしながら、「さて何を書こう。さてどうしよう…」なんて考えながら、ただグルグルと歩き回っても何も浮かんで

来ないものは浮かんで来ないのだ。仕方ないので、腰をおろし、ただただ周りの景色をボーっと眺めながら、

言い訳を考えはじめようとした時、ふと何かに気付いた。

そうなのである。なんとなく周りの雰囲気が明るいのである。昼間で天気が良く、且つ緑が多いせいではない。

閉塞感なんて微塵も感じさせない、上手く言い表せないけど、底抜け的な明るさが感じられるのである。

なぜだろう?と考えてみると、その答えはすぐに見つかった…。それは“笑顔”である。公園にいるタイ人達の顔には

笑顔があるではないか。タイ人ならではの、これぞタイ人まさしくタイ人、タイ人は笑顔が命! と言わんばかりの本家本元の

“微笑み”である。長い長いコロナ禍なのに、街中には微笑みが溢れかえっているのである。

いろいろな理由のある(?)いろいろな種類の微笑みが。

「微笑みの国タイランド」は、有名なキャッチフレーズであり、タイの存在意義と言っても過言ではない。

長い年月を積み重ね、益々深みを増してきているタイ国民の魅力。ふと自分を顧みると、なんという不甲斐なさであるか…。

目をつむり体の力を抜いて軽く深呼吸をしてみた。すると、不思議なことに自然と微笑みが生まれ、

そしてなんだか心の奥底からじわりじわりと躍動感と活力が芽生えてくるのが感じられたのである。

そうなのだ。今自分はタイに住んでいるのだ!

約20年前にタイに移り住んだ時の原点をもう一度見つめ直すというワケではないが、タイ人を見習って、

もうちょっと自分も微笑んで、楽しくタイで生活をしていかなければなぁ…、と再認識させられた、

長く素晴らしく眠たいバンコクの休日であった。

(つづくかもしれない)